朝から、失敗。枯れ葉をゴミに出せなかった。あーあ。堆肥にするしかないかー。楽しみにしていたのに、どうして、今日に限って、寝坊しちゃったんだろう。位牌に、話しかけてみる。何となく、今日は、雰囲気が、違う。パパが、いなくなってしまったような不思議な感じ。憑き物が、とれてしまったような奇妙な感じだ。気の錯覚なんだろうけれど、一心同体でいられたような感覚が、あっただけに、拍子抜けをしてしまう。神様のお社につれていかれたような、不思議な感じだ。寂しいな。これからは、一人で、歩まなければ、ならないのかなー!地球上には、70億もの人口が、いるのに、どうして、ひとつの愛に縛られてしまうのだろう?不思議でならない。でも、たったひとつの愛に巡りあえたのだから、幸せだったのかもしれない。世界は、不思議だ。この先に、どんな出合いが、待っているのだろう?人生は、長い旅だなー。一人だけ、ずっと、一緒にいてくれたら、よかったのだが!儚い夢になってしまった。現実に引き戻されてしまうような、寂しい感じだ。愛は、形を変えて、3人の子供達に降り注がれるわけだが、子供達がいてくれるから、まだ、頑張らなければ、ならないなーと考えてしまう。ネットで、離婚した夫の名前を見て、一寸、不思議な感じがした。子供との再会なら、嬉しいものだが、やはり、前の夫とは、であいたくないものだなと、複雑な心境、性格が、あわなくて離婚してしまった。普通の人なら、堪え忍び、結婚を続けるんだろうけれど、私には、出来なかったから、子供が、引き合わせてくれたにしろ、ありえないなと、つきつけられた気分だ。思ってくれていたから、結婚したわけだが、私は、その思いを、受けとめる自信は、結婚生活を重ねて無くなっていったから、離婚をした。結婚は、打算でするものではないと思っている。日本の女性の感覚は、打算が、強いようだが、私は、打算で生きられなかった。そうすることが、パートナーたる夫に失礼な事のように思えた。とてもいいパートナーだったんだけどなー!ネットで、再会できて、元気そうで、何よりだ。再婚してくれているといいのだが!器の違った、もと夫だから、身を退いたんだが!ふたつの愛の形と感じかた。子育てだけは、自信が、あるんだけどなー。周りが、認めてくれないからなー!複雑な心境に陥っている。

どうして、パパが、家庭で暴力をふるい、賭け事に熱中するようになってしまったのか、幼少期の育てかたに問題があったのでは、なかったのかと感じている。親を真似てしまったから、それを、正常と誤解していた。誤解をただし、仕事に打ち込ませようとしたが、親の妨害にあい、無念の結果となった。地域的なものの考え方なのか、何故か、親が悪くないと落ち着いてしまっている。本人は、なおろうと努力していたんだけどなー。無念だ。

たるんでいた状態を、正していたわけだが、何故か、私が、悪者にされた、世の中いったいどうなっているんだろう。いっこうに、なおっていないような気がしてしまう。生きていても、そんな片鱗ばかり見えて、つまらないものだなー。この先、どうなってしまうのだろう。子供達の為に、頑張らなければならないのだが、力が、わいてこない、やっぱり、子供達と一緒にいないと、こんなものかなー。何で、誤解ばかり、受けてしまうのか、養母と義母と義父と養父の怨念としか、言いようがない。

社会が、急速に変化していく。子供達が、元気で生きれる社会であれば、何の問題もない。夢が、形になっていくといいな、と思ってしまう。私の夢は、子供達が、幸せになることだけでしかない。それを、見届けるためだけに生きているようなものだ。子供達が、産まれてから、ずっと、その事だけが、夢になっていた。だから、英才教育を私なりに、チョイスして、健康面、栄養面、体作り、又、勉強をさせてきた。下地は、なんとか作り上げてきた。味覚も育ててきたつもり、まー将来、どんな場面で力を発揮していくのかは、わからないが、知らないことが多いより、知っているほうが、楽しく生きていけるだろう。豊かな経験が、器の大きな人になるであろうことを期待してしまう。若干、今の時代の求められている器と違う気もしてしまうが、それは、仕方がないかな。細く長く生きているだけでは、つまらないものだ。もう少し日がたったら、ふたご座流星群が、見れるかな、楽しみだな。毎年、一番、楽しみにしている。
いろんなことで、衝撃を受けてきたわけだが、私のやる気のなさは、お金がないから、なんだろう。仕事をしなきゃなー!仕事が、あるかなー。
50歳になって、まさか仕事探しを、しなければならないなんて思いもしなかった。40歳まで、共働きで、休みなく、子育てもしてきて、どうして、こんなに貧しい生活になってしまったのだろう。年と共に貧乏になってしまった。こんなことなら、共働きをしなければ、よかったと後悔してしまう。やっぱり、家庭の主婦が、楽でよかったのかなー。わびしい人生だ。お金の面では!そして、健康面でも、体が、ボロボロになってしまっている。交通事故と家庭内暴力と生い立ちからくる、いじめが、原因だから、サウンドバック状態だった。そんな人生で、復活しているのだから、なんとも言えない人生だ。今日も、子供達の関係で、出来た知り合いと、立ち話をした時に、車イスから、回復して、よかったね。と声をかけられて、喜んでくれた。わけだが、何だか、やるせなかった。不思議な人生だ。宝くじにあたって、人生をやり直せたら、どんなにいいだろうか。何て思ってしまう。万一あたったら、引っ越しをするために交通のべんのよいマンションを買い、余生をおくりたいものだ。子供達の為に!子供達の足手まといになることだけは、嫌だな!義父や養父母のような生き方だけは、嫌だな!義母は、もう他界したようだ。何のために、逆らわれたのか、わけがわからない。義母を思うと、むちゃくちゃ腹が立つ、長生きするために、国民年金基金をかけ続け、生命保険にも多額に入り、結局、それに執着しすぎて、息子を助けようとはせずに、自分が、遊ぶことばかり考え、何の成果もあげることなく死んでいっている。絡むことさえされなければ、故人の負担も減ったと思うと、悔しい限りだ。だいたい、わがまますぎた義母だったように思うが、どんな死にかたをしたのか、まだ、聞いてもいない。故人が、母親と結婚する気は、ないという不思議な表現をしたぐらい、足手まといのことばかりされた。運命とは、不思議で、癌にかかり、余命半年と言われていた義父が、一番、長生きしてしまっている。どうしてこんなことになる運命だったのだろう。義父が、そう宣告されたときに、義母は、生命保険が、手に入るから、熟年離婚を、我慢すると言っていた。そして、そのお金が入るから、離婚するように言われていて、嫌がらせを、受けていた。なんて人なんだろうと思って、驚いていたんだが、故人も、義父が、死んでしまうかもしれないことを喜んでいた。不思議な家だったが、皮肉にも、故人が、義父に生命保険を与える結果となり、義母も生命保険を、義父に残す形となって、義父だけが、生涯、賭け事が、出来てしまう環境となってしまった。神様は、どうして、こんな結果を導きだしてしまったのであろう。義父は、もう81歳ぐらいに、なっている。余命宣告を受けてから、20年あまり、生き続けている。神様は、不公平だなと感じてしまう。義母は、賭け事で家を省みない義父を嫌っていた。故人も、そんな義父を嫌っていた、私は、そんな生活を見ていなかったから、そんな苦しみを理解しきれなかったのだが、故人も、義母も遊んでいたから、どっちもどっちだなーと見ていた。そんな遊びを私にもしろと暴力を受け続けてしまった。暴力を受けるたびに、すぐさま、故人は、私を、病院に連れていってくれたり、2度としない、と言うから、魔がさしたのかなと、我慢し続けた。子供達が、いたから、我慢していたのだが、外見は、人当たりもよく、何故、家の中だけが、そうなってしまったのかも、未だに理解不能だ。常に病院を往き来しなければならなかった、不思議な生活だったから、家の事が、おろそかになりがちとなり、だから、暴力をやめるように言っていたのだが、仕事のストレスだったのでは、と思って、我慢し続けた。私の結婚生活って、なんだったのだろう。ひどい人と結婚してしまっただけかな。とにかく、ひどい家すぎて、今でも後遺症に、悩まされている。精神的な病気だったのであろうか?死んだあとに、高校生の時に、癌であった事を、聞かされて驚いたのだが!なるべくしてなってしまったのかなー!不思議だ!私の人に対する観察力の無さが、うみだしてしまった結果だったのかもしれないな、と諦めている。加えて、養父母という精神病患者に育てられてしまい、一般の感覚を身につけられず、おかしな視点が、身についてしまい、それが、未だに取り除けずにいることが、最大の不幸であり、だからこそ、ついつい同じものを求めてしまい、出てしまった結果だったのかもしれないな、と辛い気持ちでいる。遠距離においての家庭内介護の難しさを痛感している。ひどい結末になってしまった。こんな不幸な人生が、そこら中で、起きていると思うと、やるせない。少子高齢化の悪政の結末が、こうあるのは、おかしい。
あと、兄姉達は、何を考えて生きているのだろう?私の兄姉は、8人もいるのだが、ほぼ疎遠、唯一、長男と連絡をとるが、養父母とその親族をおそれて、私とは、付き合いたくないという。ひどいものだ。私が、人身御供に出されたから、何とか、生活が、出来た人達なのだが、謝罪や感謝の意がない。私って不幸だ。親族に恵まれていない。人は、どうして、こうも、開き直るのであろうか?又、開きなおり、いなおりが、通用してしまう社会の中で、誰が、どれ程、偉いんだと懸念してしまう。頑張っていることだけは、感じとれるのだが、頑張りかたも方向性を間違っていては、無駄な努力にしかならない。私と故人、婚家のやり取りみたいだが、つくづく、無駄な時間を費やしてしまったように感じてしまう。負の遺産を押しつけられた気分でいる。何で、両親を残して、身代わりになったのだろう?故人は、不思議な人だった。パチンコ嫌いだったはずなのに、義父にパチンコでは、借金が、出来ることを、自ら、実践して、やめさせようとした面もある。口だけで、よかったのでは、と思うのだが、パチンコ好きだったのかなー?一緒にいながら、思うことは、好きそうには、思えなかったのだが!仕事をやめる決意をしていたから、無理して、していたんじゃないかなとも思ってしまう。職場の人と話を、あわせるために、苦労していたからなー。お酒飲めなかったから。先輩や上司が、パチンコ屋に行っているんだと、よく話を聞かされ、わざわざ、電話が、かかってきて、ホールに呼び出しを受けて、教えられたりしていたから、仕事上のつきあいで、したのかなとも思っていた。全部、嘘だったのかなー。未だに理解できずに、消化不良を起こしている。妻で、ありながら、故人の事は、まるで、よくわからなかったのが、現実みたいだ。情けない話だ。
よくよく考えると、日々、恐怖におののきながら、生活していたなー。こんなのが、普通の生活と言うのだろうか?私は、精神病患者の家で育ったから、一般の生活ぶりが、片鱗でしか、わからない!およそ、私の生活、趣味には、ほど遠い人達だった。毎週、キャンプ、小旅行をキャンピングカーで、させられ、行った先で、スーパーで買い物をして自炊、平日は、その後片付けを、しなければならず、加えて、仕事と育児をしなければならず、寝る暇も、なかったような生活ぶりだったから、何度、叱ったことだろう、そして、殴られ、病院で治療を受けたり、家の中のものを壊されたりしたから、後片付けにおわれたり、滅茶苦茶な結婚生活が、続いたなー。結婚って、こんなものなのかな?大なり、小なり。
泉は、どこからわき出て、どこにたどり着くのか、沢山の悲しみの上にある今、いつになったら、本当の幸せに、たどり着けるのだろう?故人を偲ぶ。たどり着かせてあげたかった道。夢